夜の観覧車
(1)


 蘭世たちの住むほのぼの町の片隅にあった公園に、観覧車が出来たのは少し前のことだった。何でもとある企業がその公園を中心にアミューズメント区画を作ろうとして破綻し、結局観覧車だけが残ったということらしい。そういう難しいことはさておき、遊園地でもないところに突然出来た観覧車はあっという間に町の人気スポットとなり、土曜日曜になるとたくさんの親子連れがその観覧車に乗りに公園にやってきていた。
「でね、夜景がすっごくステキだったのよ」
 月曜の朝の教室で。
 いつものように少女たちは朝の支度を済ませると、集まるともなしに集まって休日の話に興じる。
「あそこって、夜の営業してたっけ?」
1人の少女の言葉を聞いて、他の少女がそう尋ねる。
「だから、期間限定のイベントだってば」
聞かれた少女はそう答える。昼と違って親子連れが少ないからデートコースには最適よ…と続けるのを聞いて、蘭世もその話に興味を持った。最近俊は忙しくて、ゆっくりデートする時間が取れてない。
「ねえ、それっていつまでなの?」
「あら、蘭世も興味あるってこと?」
「真壁君と行こうって思ってるんでしょ?」
蘭世の一言に少女たちは見事に反応する。一部を除いて、蘭世と俊の中は公然となっていたのである。
「え、えっと…」
半分冷やかし半分興味の少女たちの視線に、蘭世は照れを隠せない。それでも、昔のように“ボン”と音をたてて顔から火を噴かなくなったのは、俊との仲が確実に安定しているからだろう。
「それがね、どうも今週までみたいなのよ」
 口火を切った少女がそう言うと、集まっていた少女たちは口々に落胆の声を上げる。どうやら彼との“ステキなデート”を思い浮かべていたのは蘭世だけではないらしい。
「じゃね、みんなで今週末にでも行かない?」
 口火を切ったのは誰だったか。
「ダブルデートって訳ね」
「2組じゃないんだし…。でもおもしろそう」
 あっという間にその提案はみんなに了承され…
「蘭世、真壁君もつれてきてね」
ということになったのである。





「…という訳なんだけど」
 俊のアパートで。
 お弁当を届けに来た蘭世は、ちょっと言いづらそうに俊に今朝の顛末を話す。はっきり言って俊がそういうことが苦手なのはよーくわかっている。だから、たぶん俊に断られるだろうことも充分予想していた。
「……」
 予想通り俊はやや戸惑ったような表情で蘭世の言葉を聞いている。その表情から何を考えているのか、当然蘭世は読み取ることは出来ない。読み取ることは出来ないが
「やっぱり…ダメよね。ごめんね。明日みんなに断っておくから」
「金曜の夜…だろ。少し遅くなるかも知れねえぞ」
 クシャ。
 蘭世の髪をかき混ぜると、俊は少し困ったような顔をしてそれでも笑ってそう言った。





 そして金曜日。
 蘭世たちは喫茶店にいた。すでに他の少女たちはそれぞれパートナーの横にいる。
「真壁君、遅いね」
 少女の1人がそう言った。約束の時間を1時間近く過ぎている。
「蘭世、携帯に電話かけてみたの?」
「ん。でも電源切ってるみたいなの」
 アルバイトやジムでは携帯電話の電源を切る俊の癖を知っている蘭世はそう言うしかない。そろそろ、時計は8時を指そうとしている。
「どうする…?このまま待ってる?」
 1人が時計を見てそういった。少女たちはともかく、初めて顔を合わせた男性たちの中にはそろそろ退屈したような顔をしているものもいる。そんな彼らの様子に、蘭世はちょっと笑って
「先に行っててよ」
と言った。
 一緒に行こう…と言うクラスメイトに俊が来るかもしれないからと言って、蘭世は1人喫茶店に残った。客の姿の少なくなった喫茶店に何年か前にはやっていたラブソングが流れている。蘭世はその曲に耳を傾け、もう一杯ミルクティーを頼んだ。
「真壁君、遅いなあ」
言っても無駄だと思っても、つい呟きがもれてしまう。卒業を前に、ボクシングに本気で取り組むため少しでもお金を貯めたい…とアルバイトに熱中している俊のことは充分理解しているつもりだった。だからわがままを言いたくはなかった。でも、今日みたいに幸せなカップルを見ているとちょっぴり寂しくなってしまう。そして、そんな自分がちょっぴり嫌いになってしまう蘭世だった。






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