夜の観覧車
(2)


 ヤバイな…と思った時はもう約束の時間を1時間以上も過ぎていた。
 蘭世から誘われたのはこの月曜日のこと。観覧車の夜間営業のことは知るともなしに知っていた。江藤が好きそうだな…と思ったがなかなか時間が取れずこのままになるかと思っていた矢先だったから、グループでと言う話にも乗ることにしたのだった。はっきり言ってかなり苦手な状況だったが、蘭世をがっかりさせたくなかったのだ。
 それがどうだ。
 放課後から来ていたジムでちょっとしたアクシデントがあり、気がついたときにはすでに時計は8時を過ぎていたのだ。
 大急ぎでジムを出る。待ち合わせの場所まで走って20分くらい。荷物を肩に俊は週末の街を走る。
 信号を渡ると、待ち合わせの喫茶店が見える。閉店10分前。客はおそらくぐっと減っている時間。その店の窓際に、蘭世の顔が見えた。ぼんやりと外を見ている彼女はまだ俊の存在に気づいていない。
 彼女の傍に今日一緒に行動するはずだった“友達”の姿はない。当然だろう。そろそろ約束の時間を2時間は過ぎるはずだ。いくら気のいい少女たちでも、そんなに長い時間来るかどうかわからない俊を待つわけにはいかなかったのだろう。
 カララン。
 ドアをあけると、乾いたカウベルの音。「そろそろ閉店ですよ」と告げようとしたマスターは、窓際でずっと外を見ていた少女の顔がほころぶのを見て、口を開くのをやめた。
「真壁君…」
「わりい、遅れた」
「ううん、来てくれてありがとう」
 そう言って笑った蘭世だが、目元にちょっぴり涙が浮かんでいるのを俊は見逃さなかった。心を読むまでもなく、俊を待つ間の蘭世の気持ちは痛いほど感じられた。だから。
 ポン。
 俊は蘭世の頭を軽く叩く。そして、
「観覧車だろ、まだ間に合うかも知れねえぞ」
と言った。










 公園に着いたとき、もう明かりはほとんど消えていた。
「営業時間、9時までだって」
 蘭世はちょっぴり残念そうに言う。
「夜間営業って言うからもう少し遅くまでやってるって思ったのにね」
「仕方ねえな、ここまで時間かかったし」
「どうせ、わたしの足が遅いんですよ」
「バァカ。誰がそんなこと言ったよ」
 隣で息を切らしている蘭世に、俊はそう言った。ひょっとして間に合うかも…と言う思いから、ここまで走ってきた2人だった。俊にとってはランニング程度でも、スカートにサンダルの蘭世にはちょっとハードだったかもしれない。
「江藤、目、閉じろ」
 ふと思いついて、俊は蘭世にそう言った。
「何、どうしたの?」
「いいから」
 俊の言葉にとまどいながら、蘭世は彼の言うとおりに眼を閉じる。彼女の様子を確認して、俊は蘭世の肩を抱き“能力”を使った。空気が歪み、2人の姿がそこから消える。
 周囲の気配が変わった気がして蘭世は目を開こうとした。しかし、俊の大きな手が彼女の目を塞ぐ。
「真壁君?」
「もうちょっと待てって」
 そう言って俊は、蘭世の身体をとある方向に向ける。そして
「いいぞ」
目を覆っていた手をとった。
「わぁあ!!」
 目の前に、宝石箱を返したような光が広がっていた。そこは、観覧車の一番上のボックス。俊が“能力”を使って瞬間移動したのだった。
 2人は闇の中にいた。観覧車の中は当然電気はついておらず、だからこそそこから見える地上の光は輝いて見えた。
「これが見たかったんだろ」
 キラキラチカチカ光る街の光。川のように流れる車のライト。そして暖かい色に見える…どこかの家の明かり。飽きもせずにそんな光を見つめている蘭世に俊が言ったのは、しばらく経ってからのことだった。
「先に行ってても…良かったんだぜ」
「ん…。夜景は、見たかったけどね」
 夜景に目を落としたまま蘭世は答える。
「1人で見ても…つまらないもの。真壁君と一緒に見たかったんだ、わたし」
 チラッと俊のほうを見る蘭世の顔、多分紅くなっている。見なくてもわかるのは、俊も同じ気分だったから。
「バーカ」
 照れ隠しの言葉を一言呟いて。
 俊は蘭世の肩を抱き寄せた。


 実は、我が家の近所に観覧車があるんです。どう見ても、遊園地じゃないようなところに。その周りにはボーリング場とかゲーセンとかあるので、たぶんアミューズメントパークっぽくしたかったんじゃないかと思うんですけど、はっきりいって違和感溢れる場所になっています。
 この間、その観覧車の横を夜通ったんだけど、ライトアップされていて凄く幻想的でした。昼間は、本当にこれは何なんだってかんじなのに、夜見たら凄くイメージで。で、このお話が浮かびました。と言っても、イメージには程遠いんですが…。





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