「わあ、ほんとに?ありがとう」
教室の片隅で。学年でも公認のカップルの彼女のほうの声がした。彼のほうも照れながら、このあたりでは「おいしい」と有名なお店の包装紙に包まれたクッキーと、もうひとつ小さな細長い包みを彼女に渡す。
「これ?」
「お前に似合うと思ってさ」
「…最近バイトバイトって言ってると思ったら……」
…。
周囲の様子に気づかないほどラブラブな空気を出している2人の様子に、その場に居合わせているクラスメイトもすでに“勝手にして”と達観しきっている。こんな風景をあと幾つ見ることか。そう、今日はホワイトデー。
蘭世もほかのクラスメイトと同様、そんな2人を見ないふり。それでもどうしても、甘い会話は耳に入ってくる。
「いいなあ…。真壁君もあんなふうに声かけてくれるといいのに」
俊がそんなことを苦手としているのは百も承知している。それでも、ついついそんなふうに思ってしまうのは、恋する乙女の特権というところか。ここのところ卒業式の準備やら学年末試験やらでクラブへ出る時間が充分に取れなかった蘭世はアルバイトで忙しい俊とすれ違いばかりになっていた。実は1ヶ月前のバレンタインデーに張り切ってチョコレートケーキを作ったのだったが俊の練習試合が近いことを忘れていて結局食べてもらえなかったのだ。
「つまんないの」
ついそんなふうにつぶやいてしまう蘭世だった。 |