ホワイトデー☆ハプニング
(1)


「わあ、ほんとに?ありがとう」
 教室の片隅で。学年でも公認のカップルの彼女のほうの声がした。彼のほうも照れながら、このあたりでは「おいしい」と有名なお店の包装紙に包まれたクッキーと、もうひとつ小さな細長い包みを彼女に渡す。
「これ?」
「お前に似合うと思ってさ」
「…最近バイトバイトって言ってると思ったら……」
…。
 周囲の様子に気づかないほどラブラブな空気を出している2人の様子に、その場に居合わせているクラスメイトもすでに“勝手にして”と達観しきっている。こんな風景をあと幾つ見ることか。そう、今日はホワイトデー。
 蘭世もほかのクラスメイトと同様、そんな2人を見ないふり。それでもどうしても、甘い会話は耳に入ってくる。
「いいなあ…。真壁君もあんなふうに声かけてくれるといいのに」
 俊がそんなことを苦手としているのは百も承知している。それでも、ついついそんなふうに思ってしまうのは、恋する乙女の特権というところか。ここのところ卒業式の準備やら学年末試験やらでクラブへ出る時間が充分に取れなかった蘭世はアルバイトで忙しい俊とすれ違いばかりになっていた。実は1ヶ月前のバレンタインデーに張り切ってチョコレートケーキを作ったのだったが俊の練習試合が近いことを忘れていて結局食べてもらえなかったのだ。
「つまんないの」
 ついそんなふうにつぶやいてしまう蘭世だった。









 放課後。
「江藤さん」
 呼び止められた。相手は昨年のクラスメイト。今年も委員会が同じで結構気さくに話している相手。手には小さな包みが1つ。
「これ、もらってもらえるかな?」
「? でも、私何もしてないでしょ?」
「別にもらってなくてもいいんじゃない? 俺が江藤さんにあげたいって思えばさ」
 彼はそういって蘭世の手に小さな包みを押し付ける。
「俺、江藤さんのこと好きだし」
 ……。
 蘭世の頭の中は真っ白になる。いったい彼が何を言ったのかわからない。大体、付き合っている(…と思うのだが)俊にすら言われたことのない言葉なのだ。一瞬理解できなかったとしても蘭世の責任ではない…だろう。
「わたし…」
「真壁のことはわかってるよ。でも」
 ニコニコニッコリ。
 全く悪意のないような笑顔(鈴世がいい子ちゃんぶる時の笑顔に似ている…と後で思った蘭世だった)で言う彼に毒気を抜かれたように蘭世は口をはさむこともできない。そんな蘭世に彼は
「君のこと、好きになってもかまわないよね。大体、真壁が君を大切にしているとは思えないし」
今日だって君のことほったらかしだろ…と蘭世が気にしていることをずばっと告げる。当然絶句する蘭世に、彼はさわやかな笑顔を残して去っていく。蘭世の手には、彼からもらったクッキーの包み(しっかりと例のおいしいと有名のお店の包装紙だったあたり……)。
「……どうしたらいいのよ、これ」
 さっきまで、平穏で退屈だった今日があっという間に手におえないものになっていったのを感じて、蘭世はまたもやため息をついた。












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