待ちあわせ


 約束の時間より5分ほど早く待ちあわせ場所に着いた。今日は、あいつのほうが遅いようだ。
 最近おれが時間に遅れたときの
「もぉ。遅い」
というあいつの拗ねた口調を思い出す。さて、今日はどうあいつに逆襲してやろうか・・・と思う。
 そんなことを考えているうちに、約束の時間は20分近く過ぎる。あいつの遅刻の最高記録は25分。そろそろ息を切らせながらあの角を走ってくる頃だ。
『ごめんなさい、準備に手間取っちゃって』
なんて、走ってきたせいで赤くなった顔を更に赤くして謝るあいつの表情が目に浮かぶ。ちょっと汗ばんだ頬を軽くつねるのも面白そうだよな・・・なんて考えているうちに、約束の時間を30分以上過ぎていることに気がついた。いくらなんでも、遅すぎる。
 ひょっとして何か連絡が来ているかもしれないとジーンズのポケットに入れていた携帯を確認するがそこにはいつもの待ち受け画面があるだけ。履歴の最後は、夕べのあいつの番号になっている。
『じゃ、また明日ね』
いつものようにそう言ったあいつの声だけが頭の中に響いている。リダイヤルであいつの携帯を呼び出す。こんなときは呼び出し音すらわずらわしい。
「ただいま、電話に出ることが出来ません・・・」
 やっとつながった電話からは無機質な機械のメッセージ。最後まで聞かずに電話を切る。何かがあったのでは・・・と、なんだか急に不安が募る。無償にあいつの声が聞きたくなる。いらいらする気持ちを抑えてあいつの自宅の番号を探す。
 しばらく続く呼び出し音。やがて
「はい、江藤です」
出てきたのは・・・鈴世の声。
「鈴世か?」
「あれ、お兄ちゃん、どうしたの?」
 いつもどおりの鈴世の声に、とりあえず家で何かあったわけではないことを確認する。
 あいつが約束の時間になっても来ないことを告げると、1時間以上も前に家を出ていると鈴世は言った。
「なんかとっても大きい荷物を持って出て行ったよ」
という鈴世の言葉に、なんとなく何が起こったか理解できた気がした。
「お兄ちゃん?」
 意味もなくこみ上げてくる笑いが受話器ごしに伝わったのだろう。鈴世が不審気に声をかけてくる。
「だいたいわかったから。ちょっと行ってみる」
おれはそう言って電話を切った。





 しばらくして。
 おれが向かったのは、ちょっと落ち着いた住宅地。あいつの家から歩いて20分ほどの場所。新しく建てられた家がいくつも並んでいる一角に目的の場所はあった。
 まだ表札のない、でも誰か住んでいてもおかしくない小さな家。門を入り玄関のノブに手を触れる。予想通り鍵はかかっていない。玄関先には見慣れたスニーカー。
「江藤、いるんだろ?」
 声をかけ中へ入る。まだ家具もないちょっとよそいきの表情の家。だけどどこかなじんだ気配がある。
「江藤」
 キッチンに、あいつが家から持ち込んだらしい昼食とお茶のセット。ちゃんとテーブルクロス代わりの紙ナプキンも忘れていない。ガスはそろそろつかえるはずなのにポットまで持ち込んでいるのがあいつらしい。
 そして。キッチンにつながる未来のリビングルームで。壁に寄りかかるような格好でうたた寝している江藤の姿があった。動きやすいように髪を束ね、普段あまりはかないジーンズをはいているあいつはいつもより幼く見える・・・気がする。





「・・・あれ? 真壁君、いつ来たの?」
「時間、見てみろよ」
「・・・あれ・・・うそ。わたし1時間以上寝てたの?」
 引越しの準備するはずだったのに、という江藤の頬を「ねぼすけ」といって軽くつねる。「もう、意地悪」とつぶやく彼女の、唇の柔らかさを思い出しながら。
 もうすぐ新しい生活が始まる、そんな春の1日。



 引越し前の2人の話です。
 というより、最近どちらかがうたた寝をしているって言う設定が気に入ってます。お互い思いあっていてわかっているんだけど、でも、相手が見ていないからこそ出せる気持ちってあるのではないかと思うんです。






inserted by FC2 system