スイートビターチョコケーキ


「いらっしゃい、寒かったでしょ」
 出てきたおねえちゃんはそう言って、すぐにあたしを暖かい居間の方へと誘ってくれた。
 ソファに腰掛けると同時に、飲みごろの温かい紅茶がタイミングよく出される。あまりのタイミングのよさに、あたしの来る時間を完全に把握していたのではないかと思わされる(その可能性は充分にあるのだけれど…)。
 バレンタインデー目前の日曜日。
 手作りのチョコレートケーキに挑戦しようと思って、あたしは蘭世おねえちゃんの家を訪れた。
 お目当ては、この間鈴世君のおうちでいただいたチョコレートケーキ。「姉さんのケーキはおいしくって、ぼくも気に入ってるんだ」と笑顔で言った彼の言葉どおりとってもおいしかったから。同じあげるなら彼のお気に入りのを…と言う思いもあって、うちへ帰ってすぐにお姉ちゃんに作り方を教えてもらえないかと電話した。
『いいわよ、いつでもいらっしゃい』
 思ったとおり、蘭世おねえちゃんはすぐに引き受けてくれた。そして今日、あたしはおねえちゃんの家にやってきた。





 キッチンではもう準備は万全に整えられていた。
「ごめんなさいおねえちゃん、せっかくの日曜日に…」
というあたし。ちょっと確信犯だったりして。でも
「平気平気。わたしも久しぶりになるみちゃんに会いたかったし」
 笑って答えてくれるのはあたしが小さいときから好きだったおねえちゃん。だから昔どおりついつい甘えてしまうあたしなんだ。いつかそう言うとおねえちゃんは『そういうなるみちゃんだから大好きなのよ』と言ってくれた。
「なるみちゃん、手際いいわね」
 小麦粉をふるってココアを混ぜて。生地を焼いているあいだにチョコレートを溶かして…。お姉ちゃんは教え上手で、めったにお菓子なんて作らないあたしでも楽しく手際よく作ることができた。
 見ると、おねえちゃんの手元には…2種類のケーキの種? おねえちゃん、あたしの相手をしながら自分のケーキも作っているなんて、手際よすぎだよぉ!!
 そんなあたしの気持ちなんてお構いなしで、おねえちゃんはあたしの手元に注意しながらサクサクと自分の作業を進めていく。そんなことなんてないと思うんだけど…ひょっとしておねえちゃんの魔界人の“能力”ってお菓子作りなんじゃないのかしらって思うくらい。唖然とおねえちゃんの手元を見ていると、「慣れればこのくらい簡単よ」とにっこり笑っておねえちゃんはそう言った。





 女同士、たくさんの話をした。
 あたしと鈴世君のこと、おねえちゃんとおにいちゃんのことをたくさん。
 どんなにあたしが子どもの時だって、おねえちゃんはあたしを子ども扱いしたことはなかったけれど。それでも子どもだったあたしにとって、鈴世君に聞いていたおねえちゃんたちの“恋物語”はどこか『おとぎ話』だった。子どもの頃読んだ必ずハッピーエンドを迎える、『おとぎ話』。
 でも…“あの頃”のおねえちゃんたちの年齢に近づいて、おねえちゃんの話を聞くとそれはやっぱり“現実”で、あたしの生活のすぐ傍で起こっていた『本当の物語』だった。
「おねえちゃんって…やっぱりすごい」
 そう言うあたしに、おねえちゃんは
「だって…好きだったんだもの。それだけよ」
と言った。
「おねえちゃんは…気にならなかったの? 人間と魔界人とか…身分のこととか」
 あたし、つい聞いてしまう。あたしは人間で鈴世君は魔界人、そして学校のアイドル。鈴世君はいつも「気にすることないよ」って言ってくれるんだけど…心の奥にいつもくすぶっている思いがあるから。それは…たった一つの思い…。“アタシハ、リンゼクンノソバニイテモ…イイノ?”
「そうね…」
 おねえちゃんはちょっと遠くを見るような目をして、そして言った。
「気にならなかったって言ったら…嘘になるかな。でも……立ち止まっちゃったらそれっきりになっちゃいそうだったから」
 あの人ってなかなか意思表示してくれる人じゃなかったから…恋は押した者勝ちよ、とちょっといたずらっ子のように笑うおねえちゃんは子どものようで、それでいてとっても大人っぽかった。










「ただいまぁ」
 ケーキがちょうど焼けた頃。玄関のほうで元気な声がした。
 パタパタパタ…。
 廊下を走る軽い足音がふたつ。そしてキッチンの扉から小さな頭がふたつ覗いた。
「わあ!! おいしそう! お母さん、ぼくたちのぶんある?」
「おかあさん、あいらのも!!」
「わかってるわよ。手を洗ってらっしゃい」
 2人の子どもに囲まれて、おねえちゃんはすっかり“ママ”の顔。でも、卓くんと愛良ちゃんが飛び込んでくる前に、片方のケーキをそっと隠したのをあたしはしっかり見てしまった。
 内緒ね…なんてあたしにウインクして、
「なるみちゃんもおやつ、一緒に食べていくでしょ?」
って言った。





 そして再び、舞台は居間。
 卓くんたちを遊びに連れて行ってたっていうおにいちゃんも加わって。おねえちゃん手作りのチョコレートケーキでお茶タイム。
「やっぱりおねえちゃんのケーキ、最高!!」
なんてあたしご満悦。あたしのケーキ、この半分でもおいしく出来てるかなって思ったら、おにいちゃんが「大丈夫だよ」って言ってくれる。おにいちゃん曰く、あたしのほうがおねえちゃんより落ち着いているから失敗は少ないはず…ということらしい(「どうせわたしはおっちょこちょいですよ」なんておねえちゃんは拗ねてたけど)。そんなあたしたちの横では、ケーキの残りを争ってかわいい喧嘩をしている卓くんと愛良ちゃん。これが…おねえちゃんの手にした“ハッピーエンド”だって思ったら、なんだかとっても嬉しかった。










 後で、おねえちゃんが作っていたもう一つのケーキはおにいちゃんへのバレンタインプレゼントだったってことを知った。
 甘さを控えて洋酒を効かせたケーキはちょっぴり苦くって、でも幸せが詰まっているのよっておねえちゃんがあたしに話してくれるのはもう少し先のこと…。



 世の中バレンタインです。
 で、初めてのなるみちゃん視点です。すごく書きたかったんですよね、彼女視点のお話。
 ある意味、蘭世と俊の恋物語の最も近い傍観者であるなるみちゃん。しかも蘭世を『お姉ちゃん』って慕うかわいいお嬢さん。彼女なりの何かを見ていてくれてるんじゃないかなって思ってたんですが…玉砕してしまいました。やはり1年近くお蔵入りしていた恨みが出たか(…実は昨年UPする予定で書いてたお話だったりして…)
 蘭世となるみと愛良、それぞれのキャラを書きわけることが出来ればいいなあ…。










inserted by FC2 system