ある風景


 春。
 その家のまわりはさまざまな木々が芽吹きの季節を迎えていた。
 少年…と言うにも幼い、まだ幼児と言っていいその子どもは今日も朝食を食べ終わると外へ飛び出す。その子にとって、この“新しい”環境は冒険心を掻き立てるものであり、その家のまわりはその冒険心を満足させるのに充分なものだったのである。
「俊くぅん、あまり遠く行っちゃダメだよ」
 後ろから追いかけてくるのは一緒に暮らしている少女のもの。その少女が自分の姉ではないらしいことは幼心に感じていた。ではどういう関係なのか…という難しいことは、少年――俊にとって全く関係ないことだった。ただ、いつの間にか一緒に暮らしている蘭世という少女が俊は大好きであり、忙しかったはずの母親がいつもそばにいてくれるこの毎日に満足していたのだった。
 朝から夕方まで、俊は1人庭で遊んだり母親と過ごしたりして1日を送る。
「お姉ちゃん、遊ぼ」
俊が一番好きだったのは“お姉ちゃん”と呼ぶ蘭世と過ごす時間だった。優しい母親も好きだったが、それ以上に俊は蘭世の笑顔が大好きだった。そして蘭世は自分と過ごす時間、いつもその笑顔を絶やすことがなかったのだ。
「俊君?」
 何より好きだったが眠くなった時。なんだかとても甘えたくなって蘭世のひざに寄りかかる。するといつも、ぎゅっと抱きしめてくれるのだ。昼寝をしている間中とても安心していられたのは蘭世の暖かさに包まれていたから…と思う。





 夢を見ていた。
 思い出すのも忘れていた、2度目の人生の夢。何も知らず彼女を“お姉ちゃん”と慕っていた自分。“気になる”同級生だった彼女が自分にとって“唯一の存在”になった…時間。
 自分を包む気配。あまりに懐かしいその感覚はあの頃のことを思い起こすきっかけには充分なもので…。俊はガバッと起き上がる。思ったとおり蘭世がいた。俊を抱きしめるように彼の肩に手を回し、ソファに寄りかかり無防備な寝顔を見せている彼の婚約者。俊にひざを貸していたせいか、かなり難しい体勢で眠っている蘭世をソファに横にして冷えきった肩に自分のジャンバーをかける。
 今日は新居への引越しの日。俊のボクシングジムの仲間やらボクシング部の後輩やらが手伝いに来てくれて、引越し自体は手際よくすんんだ。一段落すんで蘭世と食事に行こうとして…つい眠ってしまったらしい。少々空腹を感じるが彼女を起こすのもかわいそうで…このままにしておくことにする。
 軽い寝息。ソファから流れ落ちる長い髪。伏せられた瞼の奥にあるひたむきな瞳にどのくらい助けられただろう。いつの間にか自分の傍らに彼女がいることがあたりまえになっていた。それはこれからも変わらない事実。
 幼い日のあの幸せな時間を思い出し、俊は蘭世の眠るソファに寄りかかる。今夜はこのまま…あの日のように。
「お休み、蘭世」


 

 某所(笑)にUPさせていただいた作品の続きです。 元ネタは『蘭世の膝枕で眠る真壁君』。自分で書いてすごく気に入った作品で、でもお互い起きたらどういう反応をするのかな?と言う思いはあって。 その時からなんとなくイメージはあったのですが、なかなか文章化できませんでした。
 真壁君にとって蘭世とは…と言うのを考えると、どうしても生まれ変わった後のことは避けて通れないような気がします。もう少しじっくり書いてみたいところだなあと、この作品を書いていて感じました。





 

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